本を読んだ

2007-03-10

「コミック版」

Comicbunntai  こんな本が出てたのね、昨年の9月に。ちっとも知らなかった。

 『コミック 文体練習』 マット・マドン 国書刊行会

 現在の生活の方が、以前のそれよりも本に近いようで実は遠いというのが良くわかる。
 1年前までならこういう本はまず見逃していない。

 レーモン・クノーの『文体練習』は、メチャメチャにおもしろい本だったが、このコミック版もなかなかのものだ。

 バリエーションが全部で99通りなのも「原典」通り。雛形となるのが何の変哲もないエピソードなのも「原典」と一緒だ。ただ、コミック版の方のそれにはオチらしきものがついている(つまりまがりなりにもコミックとしてひとつの作品になっている)のに対し、「原典」の方はもっとニュートラルで、単独では成立しない文章である分、「練習」の果敢さがより引き立つ気がする。なにより、クノー(と訳者)の超絶技巧に比べてこのコミック版の作者の技巧は、たぶん一段も二段も落ちる。
 しかしまあ、思いついたもん勝ちということで。
 充分に楽しみました。何回か読み返しているが、そのたびに新しい発見がある。

 こういう場合の権利関係がどうなるのかはよく知らないが、日本ではできれば寺田克也あたりに同じことをやってもらいたい。古屋兎丸でも可。つーか、こういうのきっと好きだと思う、2人とも。

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2006-05-13

『蜂の巣にキス』

 ジョナBee_3 サン・キャロルの作品が訳されるのは9年ぶりだそうで。
歳とるわけだ、こりゃ。

『蜂の巣にキス』 ジョナサン・キャロル著/浅羽 莢子訳 創元推理文庫

 久しぶりのキャロルを堪能した。堪能 したけど、これはキャロル・ファンのための作品だな。最初にこれを読むのはお勧めできない。ファンになってから読んでください。

これまでのキャロルと違って、今回は「超自然」というかダークファンタジーの要素が鳴りを潜めているように、表面的には、見える。
 「さらーっと読んでしまえば、これはよくあるタイプの過去探しミステリにすぎない。しかし――。」という、本書解説の豊崎由美の指摘は概ね正しい(ところで、この人の言い方というのはいつも概ね正しいのにどこかずれている気がする。それはなぜなんだろう?)。だが、「しかし――」以降の部分に頷くことができるのは、やはりキャロルの魅力をすでに理解している人に限られるだろう。本書でキャロルに初めて触れる人にとっては、本書はやっぱり「普通にミステリ」ではないか。それもあまり出来の良くないそれではないか。
 要するに、こういう「ただのミステリ」みたいな話が、「ただのミステリ」のように語られて、「ただのミステリみたい」な結末が付くのに、全体としては「ただのミステリ」ですまないところがキャロルなんだが。
 ミステリとして読んだら怒る人もいると思う。

 評点は、難しいけど、

 ☆☆☆★★★

 っつうところでどうだ。

 個人的には☆☆☆☆★くらいあげたいところだが、そうすると『死者の書』とか『パニックの手』とかは何点にすればいいんだ、という話にもなる。

 そういえば『パニックの手』文庫版、近日発売。具体的には5/27発売予定。もちろん創元推理文庫。おもしろいぞ。
 今月の創元推理文庫はもうひとつ目玉がある。
 『隠し部屋を査察して』エリック・マコーマック。5/20発売予定。へんな作家です。メタ方面が好きな人はぜひ。

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2006-05-09

3月初旬、生活が激変した

  社会人になって以来の大変化。当初は以前より自由な時間が多少増えるのではないかと思っていたが、まったく正反対。まあ、大局的に見ればよい方向への変化だと思いたいが、まだ判断はつかない。
 当ブログも2ヵ月にわたって放置することになった。

 いずれにせよ、以前のように当ブログを更新していくことは、少なくとも当分の間ほとんど不可能になった。しばらくはこのまま放置しようかとも思ったが、それもさびしい。少し落ち着いたことでもあるし、多少無理をしてでも何かを書くのは悪いことではあるまい、と思って、できるだけ書くことにした。もともと更新頻度の低かった当ブログ、さらに頻度が低下することは間違いない。

といっても書くことは基本的に変わり映えせず。

最近読んだ本。

Menotanzyou『眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く』 アンドリュー・パーカー著/渡辺政隆・今西康子訳/草思社」

 内容を要約しようとするならば、タイトルがすべて。

 Q.さまざまな種の多細胞生物が一挙に進化した、いわゆる「カンブリア紀の爆発」はなぜ起こったか?
 A.視覚をもつ生物種が登場したから

 かなりの「目ウロコ本」だが、ウロコのほとんどはタイトルを読んだ時点で落ちてしまう
 要するに、視覚が登場する以前と以後では捕食と被捕食のあり方が決定的に変わる。その大きな変化による淘汰圧がカンブリア紀の多種多様な生物進化を引き起こした、ということで、進化論やら生物学やらをちょっと聞きかじった程度の、僕のような人間でも、タイトルを読んでピンとくるし、本書を読み終えても、その「ピン!」からそれほど遠いところへ連れて行ってくれるわけではない。
 つまり本文は言ってみれば枝葉末節。だけど、その枝葉末節もそれなりにおもしろい。
 たとえば139ページにある、こんな枝葉。

 海の動物を見ると、水深200メートルより深いところでは赤い色をしたものが多くなるが、それはなぜか。この水深にくるまでに届く光は青だけなので、青い光を吸収してしまう赤い色素は光を反射しない。つまり深海においては赤い色は隠蔽色として優れている。

 こういうところで細かいウロコがポロポロと落ちるので、最後までおもしろく読める。

 著者の主張は「光スイッチ説」と呼ばれており、それなりに知られた学説らしい。僕はまったく知りませんでした。

5/12追記 しばらく書かなかったらすっかり忘れてた、この本の評点。
☆☆☆☆でどうだ。ただし生物学なり進化論なりに多少でも興味のある人のみ。

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2006-03-01

老人版バトル・ロワイヤル

ginrei 『銀齢の果て』 筒井康隆

 おもしろくなかったとは言わないが、特にこの手の話の場合、筒井だと読み手の側はどうしてもハードルを高くしてしまう。

 どこかの雑誌で著者本人も語っていたが、これは筒井版『バトル・ロワイアル』。中学生ではなく老人が殺し合うところが「オリジナル」との大きな違い。
 僕が『バトル・ロワイヤル』を、やはりそれほど好きになれなかったのは、「残酷」だからではなく、設定がおざなりにしか行われていないから。
 中学生に殺し合いを行わせるための、必要最小限の説明をすましてしまうと、「手続きは済んだ」とばかり、「本題」に入っていく。要するにRPGの導入部みたいなもので、主人公たちがいくら社会や国家権力への怒りを募らせようと、戦場に美しい友情やら愛情やらの花を咲かせようと、体制転覆を決意しようと、そんなものは上っ面を舐めただけのものにしか見えない。
 作品の眼目は明らかに別のところにあり、それを一方で語るための免罪符代わりに持ち出してきたに過ぎないようなものにことさら脚光を当てて、優れた青春小説であるなどと言われても、何と言葉を返してよいやら。
 「大東亜共和国」とか「バトルロワイヤル法」とか、それらしい設定を持ち出してきても、それらは「逃げ場のない場所での少年たちの殺し合い」というきわめてゲーム的なこの小説のプロットを成立させるためだけの、俄か誂えのプレハブ建築。そんなものに「若者の怒り」をぶつけられても困る。

 『銀齢の果て』が『バトル・ロワイヤル』と決定的に違っているのは、子どもじゃなくて老人が殺し合うこと、っつーのはさっき書いた、そうじゃなくて、そういう中途半端な世界設定をしないことだ。
 老人が殺し合わなければならなくなる理由付けは『バトル・ロワイヤル』よりさらにおざなり。その替わり彼らの社会に対する怒りも体制への批判もおざなりで、そんなことに作者は頓着していない。
 早く言えば作者の姿勢として、『バトル・ロワイヤル』などがこだわった部分に関して、まったくもって潔い。

 などというのは今に始まった話ではなく、筒井のスラップスティック方面の作品の、言ってみればそれが特徴。今回の作品自体は出来としては全盛期のものにはやはり遠く及ばないが、それでも筒井は筒井。なにやら名人と謳われた噺家の、老いてすっかり口も回らなくなったのちの、しかしその歳にして初めて出せる味わいの落語を聴いているような感じ。
 あるいは晩年の馬場のプロレスとか。

 評価は☆☆☆★

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2006-02-10

『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』

hashimoto  というわけで、遅れてきた記事シリーズ第3弾。

『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』 橋本治 新潮文庫

 三島由紀夫はこれまでほとんど読んでこなかった。高校生のころにたぶん『金閣寺』を読んで、それきりだったのではないかと思う。だって、よく分からなかったんだもん。
 あるいは『潮騒』も読んだかもしれない。

 そんな私ですが、橋本治は若いころかなり好きだった。新刊はすべて買っていた時期もある。今でも興味のある分野について書いていれば読むが、かつてほどではない。
 とはいえ今でも、『完本チャンバラ時代劇講座』は実に優れた日本大衆文化論だと思うし、隠居して時間でもできたら『男の編み物、橋本治の手トリ足トリ』で山口百恵柄のセーターの編み方を勉強したいと思う。
 だけどこの『「三島由紀夫」とはなにものだったのか」については、読むとしてもいつか、もう少し三島の代表作を読んでから、というような意識も働いて、なかなか読もうという気にならなかった。あまり食指が動かなかった。第一回小林秀雄賞受賞作だそうですが…。

 昨秋文庫化されたのでようやく購入。
 読んでみれば、さすがは橋本治、三島を知らない僕でもおもしろい(笑)。要するに三島由紀夫の「仮面」とは何だったかということを、作品を精緻に読み込むことでつまびらかにしていく。この「精緻に読み込む」というところがミソで、詳しくは書かないがこういうマネはこの人以外にはできない。
 そりゃ、無理だよ、健康な高校生に『金閣寺』を分かれと言ったって。ややこしい人だったのね三島由紀夫。

 三島作品に対する興味が俄然湧いてきます。それとも橋本治お得意のぶん回す文章に腹を立てるか、どっちかだな。
 ワタシはこれを読んだあと、立て続けに『仮面の告白』『金閣寺』を読みました。まもなく「豊饒の海」四部作にとりかかるでしょう(笑)。

 採点は☆☆☆☆★★★

 付記 この本、単行本で出たときも、カバーは文庫と同じ写真を使っていた。〈白地にそれぞれ金赤と黒の大きな活字でタイトルと作者名がはいる、例の三島作品の新潮文庫と同じデザインで作られた、文庫の写真〉というもので、それほど珍しいアイディアではないが、これが同じ新潮文庫に入り、そのカバーに新潮文庫の写真が印刷されている、というのは、本書の内容に合わせたような感じでおもしろい。

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2006-02-05

『一角獣・多角獣』

unicorn 『一角獣・多角獣』 シオドア・スタージョン/小笠原豊樹訳 早川書房

 新装版「異色作家短編集」の第3巻。出てまもなく買ったのに、なぜか読まずにしばらく寝かせてあった。
 僕はいわゆる古本コレクターではないし、異色作家短編集の旧版も数冊持ってはいたものの、全巻揃えたいという気持ちも別になかったが、このスタージョンの巻だけはずっと欲しかった。今回のシリーズ新装版の発刊の中でどれか一冊しか買ってはいけないと言われれば、迷わずこれを買っただろう。

 いざ手に入れてみれば、昨今のスタージョン・ブームもあり、他社刊の本にすでに入ってしまった作品多数。楽しみにしていたわりに長いこと積んでおいたのは、半分くらいはごく最近読んでしまっているという意識が働いたからだろう。真正の「未読本」ではない、というような。しばらく間を置いて読むなら1冊丸々読んでもよいが、いま読むのだと飛ばし飛ばし読むのだろうな、というような。

 しかし、「既読」のものも読んでみればやはり引き込まれる。結局1冊丸々楽しんだ。

 ただし「孤独の円盤」は、『不思議のひと触れ』(河出書房新社)所収の白石朗訳のものとはずいぶん印象が違った。また「めぐりあい」は、『海を失った男』(晶文社)に「シジジイじゃない」(若島正)のタイトルで収録されているのと同じものだが、「めぐりあい」の方はどうもピンとこなかった。「シジジイじゃない」は印象深い作品だったが…。
 『海を失った男』編者にして「シジジイじゃない」訳者の若島正氏によれば、「めぐりあい」は「原文にして2ページ近くも飛んでいる箇所がある」など、「いたるところにかなりの省略が見られる」とのこと。少し読み比べてみたところ、意味内容がまったく食い違っているところもあった。この一篇に関しては、もし可能なら『海を失った男』所収のものから先に読まれることをお薦めする。

 初読のものの中では、最後の短編「考え方」が強烈な印象。

 で、集全体の評価だが、さっそくの新採点方式で☆☆☆★★★。

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採点方法を変更

 当ブログでは本を読んだときなどに★で採点をしているが、少し採点方法を変えたい。

 これまでは★ひとつから★五つまでの5段階で点をつけてきたが、基本的にはおもしろかった本しか紹介しないので、ほとんどが「★★★★」以上になる。というより、「★★★★★」はほとんどでないので、紹介する本はいつも「★★★★」という状態。これでは何のための採点かわからない。
 本来は「★★★」が「おもしろい」、「★★★★」が「相当おもしろい」、「★★★★★」は年間ベスト級の傑作、というくらいのつもりだったのだが、実際やってみると「★★★」はなかなかつけにくいのです。

 もう少し目盛りの多いモノサシが欲しいので、☆=20点、★=5点、100点満点で採点することにした。
映画批評の双葉十三郎氏が始めた方式だそうだ(よく知らん)が、実際には☆☆☆☆★★★(95点)が最高点になる。

 当ブログ両脇にある本のリストでも一応評価を載せているが、こちらはココログのシステムでは五段階評価しかできないので、こっちに載せる際には100点満点から5段階評価への「翻訳」をする。大体の目安として

 ★★★★★=90点以上
 ★★★★=80~89点
 ★★★=60~79点
 ★★=40~59点
 ★=0~40点

 と考えているのだが…。

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2006-01-31

水の都市

 というわけで、遅れてきた記事シリーズ第一弾。多分書店に並んだその日に買って、翌日には読み終えていたのに、その週末にはブログに書こうと思っていた矢先にADSLモデムが昇天し、実に悔しい思いをした1冊。

『アクアポリスQ』 津原泰水 朝日新聞社

 仕事帰りに書店で見つけて即購入、息つく間もなく読み終えた。
 津原泰水史上(津原やすみ時代を除く)もっともイージーリーディング。その分、津原泰水特有の、一行一行、ひと言ひと言ごとにぐいぐいと心臓を鷲掴みにされていくような感じはないが、さすがにうまい。
 いわゆるライト・ノヴェルのノリというのか、「運命に立ち向かう」的な主人公の「決意」の表現が真っ直ぐ過ぎて少しむずがゆいが、200ページ足らずの短い物語が、きちんと盛り上がってきちんと決着する。
 いや「きちんと」というのはおかしいか。シリーズ化を前提としたような書き方なので、「きちんと」は終わっていない。謎もたくさん残っている。

 この作品は、徳間書店の「SF Japan」誌上でスタートしたと思ったらどうやらすぐに空中分解してしまった企画「憑依都市」の一環として、当初は構想されたもののようだ。「憑依都市」は、大半が水没してしまった架空の都市「Q市」を舞台に、複数の作家が共通の設定でおのおの小説を書いていく、いわゆるシェアード・ワールド小説の企画で、津原泰水は企画発案者の1人だった。その「憑依都市」をめぐる権利関係が現在どうなっているのかはよく分からないが、「アクアポリスQ」ではたぶん「憑依都市」の設定がそのまま使われている(件の「SF Japan」2004年冬季号は買ったが、ざっとしか目を通していないので良く分からない)。
 そういうわけで、本書はこれまでの津原作品とはずいぶん手触りが違う。それでも津原印はあちこちに刻印されている。
 本筋とは関係ないが、喫茶「あみん」ネタには笑った。こういう、危ういところをギリギリで見切っていけるあたりもカッコイイ。

 いつもの津原泰水の超絶技巧を期待する向きにはちょっと物足りないかもしれないが、それでも普通にスタイリッシュです。

 評価は、津原作品に対しては珍しい★★★★。星ひとつは、今後の「アクアポリス」ものの展開に期待してとっておく、ということで。

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2006-01-13

オランダの巨匠?

『天国の発見(下)』 ハリー・ムリシュ/長山さき訳 バジリコ

ten 2年越しでよんだ上下巻。
 巻末の著者略歴によれば「戦後のオランダを代表する三大作家の1人で、ノーベル賞候補にも名を連ねる」とのこと。上巻の帯では「欧州現代文学の最高の果実」とあり、最初は身構えたが、読んでみればこれはまず第一に壮大なエンターティメントだ。
 肌触りは『ガープの世界』プラス『薔薇の名前』といった感じだろうか。最後の第4部は『ダ・ヴィンチ・コード』ばりの派手な展開で、結末まで一気に流れ込む。

 ただし、少し長い。

 訳者はあとがきで、「プロローグの会話が唐突で難解であるため、読み続ける気力を失いかける」ので、そこは読み飛ばしてでも本編を読んでほしい、そうすればたちまちおもしろさに引き込まれる、と述べているが、僕の感じ方はむしろ逆だ。
 本編の外枠となっているこの天使どうしの会話によるプロローグがなければ、この物語を読み切ることはできなかっただろう。彼らに再会することを(というより、彼らと本編の物語との関係が少しでも明らかになってくれることを)楽しみに、第1部を読んだ。
 第1部と第2部の間で彼らに再会して、彼らがこの物語の中で何をしているのかが少し見通せるようになってからは、本編自体が推進力を持つ。

 ユダヤ教、キリスト教やイスラム教に関するそれはともかくとして、オランダ現代史、政治史に関する知識はないとつらい箇所がときどきある。その辺り、翻訳では何らかの工夫ができなかったものか。主人公の1人オノが政治にかかわっていく部分では状況がのみ込めず、読むのに手間取った。

 とはいえ、ほぼ同じ長さの全4章からなる物語は第2章に入る辺りから盛り上がりはじめ、下巻では劇的な展開から驚きの結末へ。

 時間のある方はぜひ(笑)。

 評価は★★★★

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2005-12-29

下巻は正月に

買った本。

『天国の発見(下)』 ハリー・ムリシュ/長山さき訳 バジリコ

3,200円プラス税というのは、小説の単行本としてはかなり高い部類に入るだろう。上下あわせて6,000円。おもしろくなかったら怒るぞ。

大掃除の合い間も読み続けて上巻をきょう読み終えたので、あすから下巻に突入する。上巻の前半は作者の意図もよく見えなかったが、後半(第二部)に入って俄然エンジンがかかり、とまらなくなった。
なにやらあちこちに伏線を張っている気配もあり、今の段階で不用意なことを言うと恥をかきそうだから、全部読み終わってからもう一度この話題に戻ってきます。

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